2015年1月のアーカイブ

あたりまえのレベル

「あたりまえのレベル」をあげる。

最近そんなことを考えています。

 

ここまでやってあたりまえ。

 

以前飲食業に従事していた際、

「店の成長とは、スタッフのあたりまえのレベルをあげること。」

「若いスタッフはいうことを聞くのではなく、空気を読む。

そのあたりまえの空気のレベルが店のレベルであり店長のレベル。」

そんなことを学んだ気がします。

 

たとえば、簡単な話、

奥のテーブルに食事を提供しに行ったら、帰りに他のテーブルの空いている皿も下げながら帰る。言えばできるのですが、常に徹底するには初めは、高い意識が必要です。

だんだんとあたりまえになります。

店長の作る空気が、OKライン決めるのです。

 

同じことが家庭、また学習についても言えるのではないでしょうか。

こどもは無意識のうちに空気を敏感に感じ取り、

そして自然と都合のいい空気の方になじむものです。

 

「勉強しなさい」、「しなくて困る」ではなく、

「え?勉強?そりゃするでしょ。」、「逆にしないでいいの?」

くらいのレベルの空気(環境)をつくってみてはいかがですか?

 

一朝一夕、そんな簡単にうまくいかないことは百も承知ですが、

僕自身今思えば、そんな環境にうまく乗せられていた気がします。

どんな環境だったかはまた追々。

 

ノーゲームデー

北海道で「ノーゲームデー」なるものが設定されたようですね。

教育委員会の呼びかけで、第一・三日曜日は大人も子供も

電子機器を置いて、コミュニケーションを見直そう、という内容のようです。

 

賛否両論さまざまな意見が飛び交い、また疑問視も出ているようですが、

僕は賛成です。

前日のゲームの時間が増えるとか、一日1時間と決めるほうがいいとか、

そもそもノーゲームを守るのか守らないのかも、

そんなことはどうでもよくて、

 

もっと根底にある問題、

「何の疑問もなくゲームや携帯に向き合い続けている」という現実に一石を投じ、

「あれ、このままでもいいのかな」と一瞬でも考え、

「ゲームの何がいけないのか」と家族で話すきっかけになれば十分意味があるではないかなと思います。

 

みなさんはどう思われますか?

 

ひと手間

挽きたてのコーヒーにはまっています。

 

塾で授業前に毎日一杯挽いて飲んでいます。

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エルサルバドルのコーヒー豆。

 

エルサルバドル・・・

 

 

どこ?

 

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まあなんでも、

ひと手間加えてみると、

楽しくなるものです。

 

 

 

きっかけは年末にオープンした新松戸の癒しのカフェ「abill coffee+」

ここのひげもじゃのマスター(友達)に教えてもらいました。

興味本位で話を聞いていたら、ついついその気に(笑)。

本当にその道を好きな人に語られると、

うっかりはまってしまうものですね。

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今度は地ビール、教えてもらいにいこうかな。

再確認

先日の日経TRENDYに、こんな記事がありました。

関西の付属高校でひとり一台のiPadを導入し、Appleから評価されたと。

なんだか誇らしげな記事ではありましたが、

違和感が拭えません。

 

そりゃ何百台も売れば評価もされるでしょうに。

営業部長ご就任ですね。

しかも家庭での購入なので学校はいっさいリスクなし。

そして最後にこのコメント。

「学校はおしなべて新しい取り組みに抵抗があるもので、何をやるにも失敗した際のリスクを第一に考えてしまう。そうではなく、成功した際にもたらす効果の大きさを考えて進めるようにしたい。もし失敗してしまっても、それを踏まえて今後に生かせるチャンスとしてとらえるべき」

みなさんどう感じますか?

 

学校教育の現場にiPadが良いか悪いかはわかりません。

それは誰にもわからないはずです。大成功の可能性ももちろんあります。

 

ただ、

「もし失敗しまっても今後に—-」

 

教育というものの怖いところは、結果が出るまで時間がかかるというところにあるかと思います。

何か始めた新しい試みの結果が出るころには、学生はもう次のステージにいます。

学生は受けた教育の結果を、次のステージで試されるのです。

そういった意味で「新しい取り組みに抵抗を」感じるのは当然であり、

慎重であってありすぎることはないと思います。

 

「失敗した際のリスクを第一に」考えるべきです。

リスクを負うのは学生なわけですから。

 

この記事の、またこの学校の取り組みの真意は測りかねますし、

学校の批判をしたい訳ではありません。

 

「時代(ニーズ)に合わせて」

言うのは簡単ですが、「メディア」のつくりだした「時代(ニーズ)」にただただ合わせているだけで、そこに不安を感じないことが本当に怖いのです。

 

自分は自身の経験に基いた指導を続けていこうと思います。

 

ひとりごと

最近「ガラホ」なる言葉をよく見る。

「スマホ」+「ガラケー」で「ガラホ」

 

・・・?

 

いやむしろ「スマ」を入れなきゃ・・・。

まあ既に議論の末だとは思うけど。

 

呼びやすければ何でもいいのかな。

 

「チョベリバ」の方がまだ共感持てた気がする。

 

にしても、

既存のものの形とか名前だけ一生懸命変えて新商品みたいな売り方してないで、

いち消費者してはもっと何か、新しいものつくってほしいな。

 

アップルからiPhoneが最初に出たときはワクワクしたな~。

 

おじさんになったな・・・。

デロリアン

つい最近、かみさんと夜映画を観ました。

「バックトゥザフューチャー」の1と2。続けて。

何度も観てるけどやっぱりおもしろかった!

普段映画を観ると寝てしまうかみさんも最後まで観てたのでよっぽどでしょう。

懐かしかったな~。昔ミニ四駆のデロリアン買ってもらった気がする。

 

気づいたのだけれど、

part2で描かれている未来って、2015年、今年なんですね。

スケボーも車も飛んでいて、空に高速道路。犬は一人で散歩しているし。

確か初めて見たのが小学生の時だから、

20年以上前になるのか・・・。

 

2015年、車は飛ばないし、

相変わらずうちの犬はリード持ってないとどっか行ってしまうけど、

 

それでも、あのころから今の生活を見ると、ぜんぜん違うんだろうな~。

何がいちばん変わったかな。

 

あの頃何考えてたかな~。

 

新聞にある先日のセンター試験をまとめて解いていたら

そんなことが頭を巡りだしてしまって仕方がないので、

書いてみました。

 

集中できていない証拠ですね・・・。

小さく生んで、大きく育てる

日曜日、突如、市で働く友人からの誘いで、

「未来教育会議」というものに参加させていただいた。

 

内容はともあれ感じたのです。

もちろんそれぞれ意見を持って投げかけあうことはとても刺激にもなるし、大切なことであると思うのだけれど、

一番大切なのは、現場まで落とし込むことではないだろうかと。

そしてさらに思うのです。

上で(あえて「上」と書きます)決定したものを、落とし込むことは時間が

かかるし、たいていの場合、考えられすぎていて伝わりにくいものです。

何より、「落とし込み」を待っている間に、お子様の大切な成長期が過ぎてしまいます。

 

であれば、そもそも現場で起こせばいいのではないかと。

 

同世代のお子様を持つ親御さまに集まってもらってお子様の学習について意見交換の場など設けたら、実りある話ができそうな気がしませんか?

固い空気の中ではなくて、ざっくばらんにお互いの相談会のような場を。

 

「小さく生んで、大きく育てる」

初めから気張って形にこだわるよりも、希望される親御さまだけでいいので、

気楽にそういった場を設けられたら、いいですね。

おいしいコーヒーも入れますよ。

 

子どものことで、みんなで本気になるって、

楽しくなりそうじゃないですか?

娯楽

先日仲間内で飲んでいるときに、

「本を読むか」の話に。

みんないろいろ考えている中で、

自分もいろいろ考えを言ってみはしたものの・・・

 

結局思うところは、自分にとって読書は基本「娯楽」だということ。

 

ビジネス本やら啓発本も読むけれど、やっぱり娯楽なので、

小説がいちばん自分は好きです。

 

娯楽なんて、語られるほど、勧められるほど

つまらなくなってしまう恐れがあり、多くは語りませんが、

本屋さんは大好きです。

 

私は普段は自転車通勤なのですが、今日は雨なので、

電車に乗る前に本屋へ寄ってみました。

 

以前雑誌で紹介されていて読んでみたかったエッセイ本を発見!

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「牛への道」(新潮文庫)

 

 

 

 

毒にも薬にもならない、どーでもいいこと真剣に書いていて笑える。

こんな本が読書の醍醐味を教えてくれるのかもしれませんね。

 

ふと・・・

思いました。

 

「ここの扉いらないんじゃないかな。」

 

ということで、

思い立ったらすぐにやってみたくなる性質(タチ)なので、

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外しました。

 

 

 

 

 

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ついでにこっちも。

 

 

 

 

これなら行き帰りの生徒の顔も見えるし、

なんだかオープンな感じでとっても良さそう。

 

でも一応、扉は捨てずにとっておこう。

いつ必要になるかわからないので(小心者・・・。)

 

ゆとりありますか?

中高生へ。(受験シーズンですが敢えて・・・)

一週間にどれだけ「なんもない曜日」「ひとりだけの時間」がありますか?

つまり「自分が好きにできる時間」です。

 

一週間埋まっているから充実している、という考えは危険です。

 

人って時間に追われていたり、

もしくは物事がうまくまわりだしたりしたときに、

考えることをやめてしまいがちです。

 

大人も同じなんだけどね。

 

いざ自分でなにかをやろうとしたときに、誰かいないと何もできないひとになってしまうかも・・・。

 

人間あれもこれもは無理です。

 

たまには携帯も、時には参考書もおいて一人で部屋で、もしくはカフェでも行って、

最近のことを振りかえってみるのもいいのでは。

 

そんなゆとりの時間に脳みそを自然と活動させるんです。

 

「あのときあの人が言ったのはどんな意味だったのかな」とか

「今週全然勉強してないなー、でも大会まではしょうがね」とかとか。

そうすると

「なるほど、確かに。今度使ってみよう」とか

「よしじゃあ大会終わったら試験前2週間きってるけど、そこ本気出そ」

とかって、生活にメリハリができると思うよ。

 

遊びもそう。

いつも同じこと、ましてやゲームなんかでばっかり遊んでいる気になっていると、

ルールが無いと遊べない、受け身人間になっちゃうよ(^^)

 

もっともっと楽しいこと考えて、明日何して遊ぼうかな、受験終わったら何しよう、

って考えるだけでも、脳みそはフル活動するんじゃないかな。

 

そんなフル活動した脳みそで塾に来てね。